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HongKong ×Global FORUM 2014

5月24日(土), 16:00~ 香港日本人倶楽部にて、香港MBA学生会主催グローバルフォーラムというイベントが開催されます。


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香港にはMBA御三家というのがあります。HKU(香港大学)、CUHK(香港中文大学)、そしてHKUST(香港科技大)のことなんだけど、その3校の日本人MBA在校生が中心となって開催する企画です。

香港在住の方はもちろん、出張で香港を訪れている方、香港MBAの受験を考えている方(キャンパスビジットと合わせるとよいかも)、どしどしご参加ください。アジアビジネスの最前線で活躍する経営者やトップ人材の素顔を覗けるチャンスですよ!

権限を移譲する

メンバからの相談

炎上プロジェクトに入って、チームメンバからよく報連相*1を受ける。報告と連絡は正直どうでもいいが、問題は相談だ。

自分は一応はリーダなので、この"相談"に直接応える機会も多い。相談は、往々にして問題やトラブルの対応についての意思決定を求める内容だ。

「サーバで致命的な障害が発生しているが、メーカサポートが非協力的で解決の見込みが立たない」

例えばこういう相談が来たら、

  • 暫定対応で凌ぐ方法をなんとか確立して、顧客には一報を入れる(短期的視点)
  • 社内の他プロジェクトの有識者に類似事例を聞く(短・中期的視点)
  • メーカのサポートを営業さん経由でプッシュする(中期的視点)

といったような指示をする。

しかし、実は、こういう”相談”に対しては、フラストレーションを貯めていた。

日に日に「なんでそれぐらい自分でなんとかしないの?100歩譲って方針に迷ったとしても、こうやろうと思うのだけどどうだろうか、という相談はないのか」という思いが積み重なっていた。入社して3年ぐらいの若手ならともかく、年次が近い同僚や場合によっては先輩社員からもこういった問い合わせを受ければ尚更だ。

立場を変えて考えてみる

さて、もし自分がチームメンバで、これを相談する立場だったらどうだろうか。ひょっとしてこう思うかもしれない。

  • 問題が発生したが、結局のところ解決の責任はリーダが負うべきだ
  • 自分がリーダの許可なくおかしな対応を行ったことで事態が悪化しては申し訳ない
  • ここはリーダに判断を仰ぐしかない

なるほど、とすれば、これはリーダの側に問題がありそうだ。

権限を移譲する

チームメンバにそのような思考をさせていたとしたら、残念ながらリーダとしてはまだまだだ。メンバに必要な権限を移譲していないからだ。つまり、メンバに対しては、「責任はリーダがとるから、思いきってどうするか意思決定してほしい」というシグナルを送るべきだったのだ。

メンバに権限を移譲しなければ、つまり、メンバが意思決定するチャンスを作らなければ、リーダはずっとそのポジションから離れられない。意思決定の訓練を行うことで、やがてメンバがリーダとなり、新陳代謝が行われる。そうすれば、自分も次のポジションに移ることができる。

意思決定は責任を伴う

何かを決めるということは、それが失敗した時の責任を負うということだ*2。この経験は苦しいものであるが、どれだけ痺れる意思決定を行うことができるか、というのが評価やサラリーに加味されるべきだと思う。

その観点では、ゼネコン構造のあるSI業界において、上流業者においては、元請けであるがゆえに高いマージンを取るという行為が何を意味しているのか、今一度認識しておくことも必要そうだ。

*1:使っておいてあれだが、自分はこの言葉ダサいと感じている

*2:そのことがDNAに刻まれており、絶対に意思決定しない人種も存在する

お世話になっております。ヘルプデスクの moriken です。

先日、ひょんなことから、コールセンタでオペレータの業務を丸一日経験する機会を得た*1。今までやったことのない仕事で、中々よい経験ができたので、今日はそのことについて書いてみたい。


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ポジションはアウトバウンダ

コールセンタでは電話を受けることをインバンド、かけることをアウトバウンドと呼ぶらしい。自分がおおせつかったのは電話をかけるアウトバウンダの役割。インバウンドの人が受けて一次回答できなかった問い合わせに対して調査を実施してかけ直すというのが主な仕事である。

人が怒りを覚える時

ヘルプデスクに電話をかけてくる人というのは、必ずしも怒っているという訳ではない*2。ただし、やはり中には怒っている人もいる。たらい回しにされた人だ。あれこれ何度も、別の人とやりとりした人の堪忍袋の緒はブチ切れ寸前である。

自分の役割はアウトバウンダであるので、基本的にはそれより前に電話対応した人がいる。問診票と呼ばれる紙に前の人の応対の記録があるにはあるのだけれど*3、コールセンタが開設されて間もないこともあって、システム屋の視点からは問題解決に必要な情報が揃っているとは言い難い場面もある。

そういう場合は電話をかけて状況を最初から問診するところから始めるのだけれど、質問者にとっては違う相手に対して同じ(と思える)話を何度もすることになる。すると怒りが込み上げ、バーサーカーモードに突入してしまうのだ。

バーサーカー相手では、「マニュアルが分厚くて困る」とか、「人事異動でシステムをわかるヤツが居なくなったのにそれを補う仕組みが用意されてない」といったおおよそヘルプデスクとは関係ない苦情を受けることになる。

たらい回しにされると、自分も確かに怒りが込み上げてくるが、それは、必ずしもオペレータが悪いわけではない。オペレータとして怒れる人と対峙することで、この業務の大変さの片鱗を感じることができた。

どういう人が問い合わせるかを知る

インバウンダが記入する問診票には、相手の役職や、性別、所在地などの情報が記されている。これはシステム的な調査にも必要なんだけど、それ以上に重要な示唆を与えてくれる。少ないサンプルなんだけど次の傾向が見て取れた。

  • 役職が高い人と低い人は紳士な人が多い。逆に、中間管理職と思しき場合は無理難題をふっかけてくる
  • 女性は男性に比べて理不尽なことを言わないし、応対も丁寧
  • 都会の所在地からの質問はピンポイントであることが多く*4、田舎からの質問は漠然としたもの*5が多い

問診票をどうやって作ったのかは分からないが、なるほど、それなりにノウハウが詰まったフォーマットだということがわかった。

少しググってみたところ、コールセンタ業務というのは、いいかえればストレスとの戦いなのだそうだ*6。目に見えぬ相手に電話をかけて(場合によっては激おこぷんぷん丸)、問題を解決する手伝いをする。そのストレスは決して小さくない*7。 しかし、事前に相手がどんな人かわかっていれば、架電のストレスをだいぶ減少させることができる。

カイゼン、改善、KAIZEN

ところで、なぜ、私がこの業務を経験しているか疑問に思った人もいるかもしれない。理由は、先日カットオーバーした某システムについてエンドユーザからの問い合わせが殺到していて*8、ヘルプデスクチームから応援要請が来たためである。

電話が殺到しているコールセンタ業務。これは、プロセス改善のユースケースとしては、典型的だしとても興味深い題材だ。「電話が殺到していてコールセンタがバタバタしている」、という状況を改善するための手段を少し妄想してみた。

かかってくる電話の数を減らす

そもそもの電話の数を減らすには、システムの操作マニュアルを見やすい場所に配置したり、研修を実施するなどユーザにシステムに習熟してもらう必要がある。一方で、ユーザの声を聞いてシステムそのものを改善するというのもある。いずれにしても、中長期な視点での対応といえそう。

オペレータの数を増やす

インバウンダは予算が許せばスグに増やせるかもしれない。アウトバウンダはシステムの専門知識が要求されるので人を探すのが少し大変だと思う*9

あとは、4グループにわかれているインバウンダを共通化するのは有効そうだ。ユーザ組織に合わせてそれぞれのインバウンダを配置しているが、この垣根を取り払い、全員で4グループ分を受けるアプローチである。待ち行列理論的にはこれで待ち時間も処理速度も向上する。政治が許せば(ユーザが納得すれば)試してみる価値はありそう。

オペレータの生産性を向上させる

これがやはり本命のカイゼンだろうと思う。目新しさはないけれど、情報共有の仕組み、対応の定型化、それらを支えるツールの整備といった辺りは直ぐに実施すべきで、効果も期待できそうだ。

世界が広がる良い経験

この年になって、しかも自分の業界では、あまり従事するチャンスがなさそうな業務を経験できたことは中々有益だった。システムエンハンスのネタ(ユーザ向け、ヘルプデスク向け)も拾えたし、生のユーザの声も聞くことができた。オペレータが凄く難しい質問を受けていることも理解できたし、その大変さも体感できた。チャンスがあればもう少しKAIZENに関わってみたいな、と思っている*10

*1:今後も発生するかもだけど

*2:中には、非常に申し訳なさそうに操作を質問する人もいるし、対応結果にお礼を述べてくれる人も少なくない

*3:え、紙?システム化されてないのはナゼと感じたあなたは鋭い

*4:例えば、ある操作を行う際に表示される注意文言の解釈は?など

*5:例えば、これどうやって使うの?

*6:給料は良いが、離職率がとても高いらしい

*7:正直にいうと、自分も定時が来た時にはかなりの披露感を感じた

*8:旧システムからは見た目や使い勝手が大きく変わっている

*9:わざわざ対人スキルの劣る開発チームにまでヘルプ要請が来るぐらいだし

*10:アウトバウンダの役割を期待されてそうな雰囲気も感じるけど

2013年は23.3点!

2010年〜2012年は留学関連で多くの新しい出会いや経験があり、自分史上最高に激動の年だった。初めての海外生活、ビジネススクールという別世界。大変充実した時間だったと総括できる。

さて、今日は2013年の大晦日。留学後にどんな事が起きたのか。年初に掲げた目標をもとに今年の総括をしたいと思う。

全体評価

まずは全体の評価から。2013年の年初にたてた41の目標に達成難易度を割り当て、達成度に応じて得点をつけてみた。カテゴリ毎の総得点に対する割合をレーダチャートで表現したのが次の図だ。

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う~ん、全般的に、目標は全然達成できなかったと言えそう。とはいえ、そんな中でも健闘したのが、旅カテゴリ。詳細は後述するが、夏に親戚の結婚式で帰省できたこと、比較的達成しやすい目標だったことが大きい。逆に、業務面やスキルアップといった目標の達成率が低い。こちらは、炎上プロジェクトの影響である。良くも悪くも、炎上プロジェクトに振り回された一年だった。

全般カテゴリ

# 目標 難易度 達成度 得点 満点
1 海外(できればアジアの国)で生活する A 0% 0.0 3.0
2 HKUSTの卒業式に出席する B 0% 0.0 2.0
3 なるべく夫婦円満 A 80% 2.4 3.0
全般 Total 2.4 8.0


今まだ日本に住んでるし、HKUSTの卒業式にも残念ながら参加できなかった。理由はやはり炎上プロジェクト。これが落ち着かないこともあり全く時間がとれなかった。夫婦円満は妻の協力で、それでも及第点をつけてみた。

旅カテゴリ

# 目標 難易度 達成度 得点 満点
4 ビジネスクラスに乗る*1 S 0% 0.0 2.0
5 上海を訪れる A 0% 0.0 3.0
6 万里の長城を訪れる A 0% 0.0 3.0
7 北海道を訪れる B 100% 2.0 2.0
8 今まで行ったことのない場所に1箇所以上行く B 100% 2.0 2.0
9 温泉に入る C 100% 2.0 2.0
10 海外旅行に行く B 50% 1.0 2.0
旅 Total 7.0 16.0


年初は2013年中に夫婦の実家を訪問することで、一気に目標を達成する予定だった。だが、実際には、3月の名古屋旅行、5月のアメリカ出張、8月の札幌訪問が2013年の主だった旅となり、それは叶わなかった。

名古屋は帰国して初めての国内旅行だったんだけど、香港からの帰国直後ということで、旅行時に日本語でコミュニケーションとれることに違和感を覚えたのを覚えている。もちろん通じて当然なんだけど。あとは、名古屋城で香港人と知り合って不思議な縁を感じたりもした。

アメリカ出張は総勢12人のパーティのツアコン役だった。他の参加者はみんな管理職であり、往復ビジネスだったんだけど、自分はプレミアム・エコノミーだったのがかなりの心残りである。そう、最もビジネスに近づきながらのそれを逃してしまったのである。実は、#4の「ビジネスクラスに乗る」は2013年の最重点目標であり、これが達成できなかったことは痛恨の極みである。

札幌は、最も楽しめた旅行だった。旧友との再会、結婚式、ビアガーデン、グルメ巡りなどなど、身も心も癒やされた良い旅だった。

ソーシャルカテゴリ

# 目標 難易度 達成度 得点 満点
11 技術系のカンファレンスに1回以上参加する B 10% 0.2 2.0
12 会社の飲み会に月1回は参加する B 10% 0.2 2.0
13 大学のOB会に参加する B 0% 0.0 2.0
14 MBA関連のイベントに1回以上参加する C 100% 2.0 2.0
15 ブログは月1回以上の頻度で更新する A 0% 0.0 3.0
16 エンジニア以外の知り合いを1人以上作る B 100% 2.0 2.0
17 2ヶ月に1回は映画を見る B 20% 0.4 2.0
ソーシャル Total 4.8 15.0


技術系カンファレンスは、アメリカ出張時にそうそうたるIT企業を訪問したので、少し達成度を埋めてみた。

飲み会参加系は基本的に残念な結果となった。それでも、炎上プロジェクト参加前や、参加後も時間を見て、少しだけ参加できたものもあるのでこちらも10%達成度とした。あとは、同時期に留学していたMBAクラスタの仲間を自宅に招いたというイベントもあったりしたのはよい思い出である。

あとは、ブログ更新にはほとんど手がまわらなかったのだが、「ブログを見ました」という人から連絡をもらい知り合いになれたのは年末に発生したうれしい出来事だった。

スキルアップカテゴリ

# 目標 難易度 達成度 得点 満点
18 英語の発音を改善する B 10% 0.2 2.0
19 英語のスピーキングを改善する B 10% 0.2 2.0
20 中国語の学習を開始する C 0% 0.0 2.0
21 The Economist Magazineを毎週読む A 20% 0.6 3.0
22 MBAの科目を復習する B 20% 0.4 2.0
23 簿記試験にチャレンジする C 0% 0.0 2.0
24 証券アナリスト試験(or CFA)にチャレンジする B 0% 0.0 2.0
スキルアップ Total 1.4 15.0


5月ぐらいまでは、英会話を継続し、FTやWSJ、The Economistを継続購読していたのだが、それ以後は炎上プロジェクトが全ての余暇時間を持って行ってしまった。今はかなり語学力は落ちていることを実感する...。

実は、2月ぐらいに証券アナリスト試験の受験に必要な講座を申し込み、お金も払っていたりする。が、実際には受験することなく終わってしまった。

残念ながらここで掲げたスキルアップはあまり達成できなかったため得点は低めだが、想定外に炎上プロジェクトで得られた経験もあるので、そこは前向きに捉えたいと思っている。

食と健康カテゴリ

# 目標 難易度 達成度 得点 満点
25 新しい焼肉屋を3件以上開拓する B 0% 0.0 2.0
26 ラーメンは週に1回までにする S 0% 0.0 2.0
27 ウニといくらを堪能する B 100% 2.0 2.0
28 スープカレーを食べる B 100% 2.0 2.0
29 今まで食べたことのない食べ物を経験する B 0% 0.0 2.0
30 運動(散歩)を日課にする A 1% 0.0 3.0
31 体重65kgを目指す(ダイエット) S 0% 0.0 2.0
食と健康 Total 4.0 15.0


1月に帰国して以来、ラーメンは本当によく食べた。当初は、超ハイレベルなラーメン屋が徒歩圏内ということで足しげく通ってしまった。一方で、6月以降も、幸か不幸か、深夜まで空いているラーメン屋を発見してしまい、クタクタで帰った後で食するという生活を続けてしまった。そんなことで、ダイエットとか痩せるなんてことが達成できるハズもなく、これらは文句なく達成度0%。先日人間ドックに行ったが、医者からもダイエットを勧められてしまった。

ウニ、カニ、いくら、スープカレーなどは札幌に帰った時に全部クリア。年末に実家から毛蟹が送られてきて、食したのだが、これはかなりの美味だった。

今まで食べた事のない食べ物を経験というのが意外と難しいとうのは予想外の驚きだった。もちろん2013年には経験したことにない、何か新しい食べ物を食べていると思うのだが、「これ」というのが思い出せない。意識しないと、同じものばっかり食べていた記憶になってしまうんだな〜というのが今の印象。

全般(業務)カテゴリ

# 目標 難易度 達成度 得点 満点
32 社内ベンチャー制度に応募する B 20% 0.4 2.0
33 会社のアジア事業に関与する A 1% 0.0 3.0
34 部門の事業戦略立案に関与する A 1% 0.0 3.0
全般(業務) Total 0.5 8.0

社内ベンチャー制度に応募するのは叶わなかったが、何人かの人にアイデアを披露する機会はあった。海外事業を考える社内コミュニティに属してみたのだけど、数えるぐらいしか活動に参加できなかった。年明けには、アジアのエマージング・マーケットに海外視察に行くようなんだけど、やっぱり、例の炎上プロジェクトがあるから行くのは難しいだろうなー。

自己研鑚(業務)カテゴリ

# 目標 難易度 達成度 得点 満点
35 最新技術にキャッチアップする B 30% 0.6 2.0
36 新しいプログラミング言語を覚える B 0% 0.0 2.0
37 ビッグデータの技術を習得する B 5% 0.1 2.0
38 会社の先輩/後輩のよいところを3つ以上盗む A 30% 0.9 3.0
自己研鑚(業務) Total 1.6 9.0


3月ぐらいまでやっていたR&Dではエンジニアとしてのサビ落としと、新技術に触れる機会がふんだんにあった。その時点では、とあるクラウド技術について、おそらく日本有数のノウハウを持っていたと思う。そのサービスをローンチした某社とも緊密な関係を築け、米国の開発チームから、某イベントで講演を頼まれるほどだった。ちなみに、イベント発表の当日、某炎上プロジェクト関係で、急遽別の人に代打を頼むこととなり、それ以後、そのサービスには全く触れていない。

その他(業務)カテゴリ

# 目標 難易度 達成度 得点 満点
39 海外勤務の希望を出す B 50% 1.0 2.0
40 会社でMBAで学んだハードスキルをシェアする B 10% 0.2 2.0
41 夏休みとリフレ休暇を取得する C 20% 0.4 2.0
その他(業務) Total 1.6 6.0
Grand Total 23.3 92.0


海外勤務の希望は、先日一応出してみた。とはいえ、この状況では、誰にも見られないでゴミ箱に行ったと思う。一応年明けに人事部面談があるらしいが、通過儀礼だろう。MBAのハードスキルをシェアする場はあんまりなかったが、同僚エンジニア向けにMBA留学のススメをプレゼンするチャンスがあったのと、社内で色々な人からのMBAについて問い合わせ対応を行ったということで、10%達成としてみた。

夏休みは労働災害が起きるといって無理やり取得したが、実態は、振休消化で、仕事の電話もバンバンかかってきたため、心の面では緊張感がほぐれることはなく、あんまり休めなかった。リフレはこれからだけど、見通しはあんまりよくなさそうだ。

2013年の総括

年始に帰国して少しの間は最新技術のキャッチアップを行う機会に恵まれた。その後、役員のカバン持ちという身に余る役を仰せつかったが、1ヶ月で炎上プロジェクトに送られることになった。

それ以後はほぼ炎上プロジェクト対応で、プライベートな時間はほぼ無くなってしまった。平日も何日かは会社や近隣のホテルに宿泊するという状況で、かつプロジェクト内でそれなりに責任を伴うポジションを担っていたため、精神的にも中々休まることがなかった。とはいえ、そんな中でも学べることは色々あり、この2013年というのが更なる飛躍の準備期間となったのは疑いようがない。

2014年に向けては2013年に達成度が0%だった目標は自動的に持ちこしにしようと思う。来年の100 Goalsは、また明日エントリにしようかと思っている。

最後に

みなさま2013年も本当にお世話になりました。様々なご縁でご一緒することができた全ての人に感謝します。2014年もより充実した一年となりますよう!良いお年を!!

炎上プロジェクトからの予期せぬ贈り物

一年前はまだ香港に住んでいて、一年後にこんなことになっているなんて夢にも思わなかった。相変わらず、炎上プロジェクトに絶賛参戦中である。

正直まだ終わりは見えないのだけれど、時間がそれなりに経過したため、少し周りの景色を見渡す余裕ができてきた。ということで、本エントリでは前向きに「ここが良かった炎上プロジェクト参画」というのをまとめてみたい。

 

フラットな組織体系

プロジェクトが炎上した時に人材が社内のあちこちから集められた。通常こういう場合は、火消し組織から人が出てくるものなのだが、今回の場合は、全社的に各部署から出せる(出してもよい)人材が集まった。結果として、プロジェクト内は、偶然にもかなりの実力主義となっている。

混沌の中にあって秩序を作り出せる人、正しい情報を集めて意思決定できる人、対客スキルに秀でた人。そういった人材が入社年次に関わらず重要なポストに付いている。

これは中々風通しがよい。お互いをプロフェッショナルとして正当に尊敬する風土が出来ている。入社以来初めての経験であり、この観点では中々心地よい。

一方で、惜しむらくは、年功序列な某社にあっては、そういったポジションと報酬がマッチしないことである。自分の場合、役職的にはプロジェクト内ではかなりの下っ端であるため*1、負っている責任の範囲に比べて給料が(相対的に)安いという事に不満を感じている。

 

これまでのプロジェクトに比べ裁量が大きい 

それなりの規模のプロジェクトなんだが、社費留学をさせてもらった恩義もあるので、身を粉にして働いたところ、そこそこのポジションに落ち着いた。結果として、今まで経験したプロジェクトに比べ、裁量(と責任)の範囲が大きく広がった。痺れるような意思決定を行う経験がいくつもできた。上位視点での業務経験が得られている。

極限状況のプロジェクトであるが、この経験は、予算、体制、人、プロジェクトマネージメント、業界習慣などの観点から生きたノウハウを自分に授けてくれている。これは、今後社内に残るにしても、箱を変えるにしても、大きな財産となるに違いない。

 

返報性の原理からの脱却

友人の元・上海MBA生は、ブログのとあるエントリで、社費留学という制度を見事に分析している。返報性から、派遣留学を得た社員は、会社に与えられた巨大なフリーランチに報いたいと考える傾向にあり、会社を辞めにくいというものである。

それを踏まえて思うのだが、自分は今すぐ会社を去ってもよいのではないかと思う。*2このプロジェクトで会社に提供した価値は、社費で受けた恩を十分に埋め合わせしたと感じているからだ。

 

人間万事塞翁が馬。自分が知る限り断トツにしんどくて、辛くて、逃げ出したいようなプロジェクトへの参加だが、こうやって見るとそこそこメリットもある。図らずしも今後のキャリアの選択肢が広がっていて、やはりドットは後ろからしか繋げないものだなと思う。

*1:なぜ上位役職者がプロジェクトに多いかについてはノーコメントで…。

*2:本当に今すぐ去ると現場が混乱するのでちょっと厳しいのだけれど

Diploma reminds me of my days in HK

何週間か前にアジアMBA祭りというイベントがあり、久しぶりに日本にいるHKUSTのAlumniに会うことができた。相変わらずみんな充実した日々をおくっているようで、何よりだ。

 

そういえば、外国の大学におけるAlumniの絆の強さというのは日本の大学の比ではない。自分は都合、日本と香港の大学を卒業しているのだけれど、その違いはかなり大きいことに気づく。

 

日本の大学の場合、同窓会という組織が辛うじて存在しているが、何の活動をしているのかは謎だし、そもそも自分が会員なのかもよく分からない。研究室レベルでの友人との付き合いが精々でAlumniネットワークが構築されているとは言い難い。

 

一方、香港の大学は、Alumni Officeという組織が全学、MBAでそれぞれにあり、卒業後も数々のネットワーク強化の策を打ち出している。例えば、カクテルパーティの案内や、Alumniニュースレターの送付、寄付の依頼や、インターンシップがあれば紹介してほしいとの要望も来たりする。

 

冒頭のMBA祭りのようなイベントがあれば、日本のAlumniに声がかかるし、アドミッションや在校生がJapanTripなどで来日するような時は決まって集まりがある。

 

卒業生の情報はデータベースに格納しており、居住場所や会社、業種、卒業年etc…と様々なキーで検索できるようになっている。Alumniネットワークを機能させることは、卒業生、そして大学の利益に繋がるという強い信念が感じられる。

 

と、今回、なぜ久しぶりにMBA関連の話題を書いているかというと、MBAイベントでのみんなとの再会に加え、先日遂にDiplomaが届いたことに理由がある。そう、正式にMaster of Business Administrationの学位が得られたのだ!あの香港時代の日々の活動が正式に認められ、無事、経営学修士の学位が取得できたというのは、個人的にはそれなりに感慨深いものである。

 

今、月の残業が150時間超のプロジェクトに従事していて(今月は今のところ200時間超のペース...)、コテコテのITの業務に復帰したのであるが、そこでMBAで学んだことが活かされているかと問われれば、おそらくはYESといえそうである*1。じゃあ、どんな風に?というのが気になるところではあると思うが、それについては、また日をあらためてまとめてみたい。

 

*1:なお、MBA取得者にMBAは今の仕事に役だっていますか?と質問するのは、新卒でリクルート活動しているときにOB訪問して、あなたにとって仕事とは何ですか?と質問するぐらい不毛なものである

この1ヶ月で起こったこと

5月1日付けで正式に異動となったのだけど、実は4月中旬からは実質的に身体は新しい部署に移っていた。業務面でめまぐるしさがあり、全然一息つく余裕がなかったが、つかの間のスポットができた気がして、今こうして文章を書いている。

 

新部署での仕事は前にもちょっと書いたが、役員のお付きである。より適切な日本語でいえば「カバン持ち」といったところ。役員の出席する会議に同席し、会社のビッグピクチャーを描いていくというのは主に学習という側面。ここは全体の30%ぐらい。残りは、そういった活動で見えてきた課題や周辺作業を、関係部署やステークホルダー達と回収していく作業で60%。その他10%ぐらいは、雑業務といった感じ。

 

高位役職者が出席する打ち合わせに参加することは非常にストレスだ。自分は会議で発言することは許されていない。いや、正しくは許されているのだが、日本の会社においては、ぺーぺーの発言というのは、常に時間の無駄なのである*1

 

一方、5月中旬にツアコンとして1週間ほど北米を周ったのだが、この時は打ち合わせでも、とてもよく喋った。そこでは、フラットな土壌があるのを知っていたからだ。ちなみに、この出張、凄く大変だった。愚痴が山ほどあったのだが、金曜の夜、一緒に出張に参加した先輩達(8人)が慰労会を開いてくれ、そこで全部吐き出せたので、今はスッキリしている。先輩たちに感謝である。

 

とまぁ、ナゼかよくわからないが、とても大きなカバンを持ちながら過ごしていたのだけれど、今思うと、どこかで気持ちにスキが生まれていたのだと思う。火曜日に赤紙が来たのだ。

 

同業者の人には「デスマーチ」と言えばスグにピンと来るだろうと思う。それなりの規模の会社になれば、嵐のようなプロジェクトというのが必ず1つや2つあるものだ。そして、そういう場合の解決策は、銀の弾があろうがなかろうが、「人を入れる」と相場が決まっているのである。

 

そう、異動して1ヶ月、とある炎上案件に入ることになった。

 

もちろん、現場で必死になって汗をかいている同僚の事を考えると、そこに協力するという役回りは身が引き締まる思いだし、役に立ちたいと思う。特に自分の場合は社費で留学まで行かせてもらっており、少しでも会社に恩義を返していきたい。

 

ということで、この1ヶ月、異動で新キャリア?と思って少しずつ慣れてきたところ、炎上案件に回ることとなり、歓迎会の直後に送別会というギャグみたいな話になりそうである。この急転直下な展開にはサラリーマンとしてのリアルを感じずにはいられない*2

 

とはいえ、新しい案件は色んな意味で刺激的な環境なので、このチャンスを活かし、汗を流しつつ、ここでしか見えない景色を経験として昇華していきたいなと思っている。

*1:この表現だと言葉足らずで真意が伝わらなそうだけど、これを書き始めるとそれでまた別の1本になってしまうので、とりあえずここではこういう感じで表現しておく

*2:大きなカバンのせいで、こっそり裏側が少し見えてしまったのだが、それは、この案件が落ち着いた頃には、次を決心させるに十分な景色だった。